歯周病や顎関節に影響を与えるブラキシズムについて

 “ブラキスズム”=“歯ぎしり”と捉えている方が多いと思います。間違いではありませんが、気を付けなければならないことがあります。たしかに睡眠中に「ギシギシ」「キリキリ」といった音を伴って歯をこすり合わせる習癖は一般に“歯ぎしり”とよばれ、ブラキシズムを代表するものです。しかし、睡眠中のブラキシズムには音のしない“クレンチング(噛みしめ・食いしばり)”も含まれます。さらには、覚醒時に行われるクレンチングや習慣的に歯を接触させる習癖、いわゆるTooth Contacting Habit(TCH)などもあります。このように、ブラキシズムにはさまざまなタイプがありますが、大きく“睡眠時ブラキシズム”と“覚醒時ブラキシズム”に分けられます。

 今回は睡眠時ブラキスズムの6つの為害作用について解説していきます。

①歯や歯根に対する影響

 もっとも一般的なブラキシズムの為害作用は、歯の咬耗です。咬耗はおもにグライディングにより引き起こされ、永久歯にも乳歯にも観察されます。過度なグライディングにより咬耗が隣接する歯の接触点を越えて進行すると、食片圧入の原因や審美的な問題となります。極端な例では、咬耗が二次象牙質の生成より速く進行し歯髄炎が引き起こされたり、歯の隅角部が鋭利となり頬や舌、口唇などの軟組織が傷つけられたり、顎間関係が変化し咬合高径が低下する場合もあります。また、咬合力への抵抗性が低い失活歯の場合には、歯根破折もまれではありません。特にクレンチングが高頻度で行われると最後方臼歯部に力が集中するため、生活歯であっても歯根破折することもあり注意が必要です。

②クラウンやインプラントに対する影響

 歯冠修復物やインプラント上部構造については、金属冠の場合には摩耗、セラミックスの場合にはチッピング(破損)が認められます。特に、最後方臼歯のポーセレンのチッピングは、もっとも高頻度で認められる睡眠時ブラキシズム関連の臨床的問題です。セラミックスであっても、近年普及しているモノリシック・ジルコニアであればそうしたリスクは軽減可能です。また、インプラントの上部構造の場合、インプラント体は顎骨とオッセオインテグレーションしているため、天然歯のような歯根膜による力の緩衝作用が期待できません。そのため、睡眠時ブラキシズムの力が直接インプラントの上部構造に伝わってしまうことから、さらにリスクが大きくなります。オッセオインテグレーションが獲得されているインプラント体は力に対する抵抗力が強いですが、埋入後、まだ獲得されてない早期において、インプラント体に睡眠時ブラキシズムの力が及び、その結果生じるマイクロムーブメントが制御できないと、インプラントを喪失する可能性もあります。そのため、インプラント手術後の力の管理はたいへん重要です。

③歯周組織に対する(歯周病に対する)影響

 プラークコントロールが良好で歯肉に炎症がなければ、睡眠時ブラキシズムが単独で歯周疾患の原因となることはありません。しかし、プラークコントロールが不十分で歯肉に炎症が存在したり、歯周疾患に罹患し歯に動揺が認められる場合には、睡眠時ブラキシズムによる力で歯が揺り動かされ、歯周疾患が悪化します。睡眠時ブラキシズムは歯周疾患の悪化因子であり、これが原因で抜歯に至ることもまれではありません。

④咀嚼筋・顎関節に対する(顎関節症に対する)影響

 持続的な咀嚼筋の筋収縮が、筋痛や筋の疲労感を引き起こすことが知られています。睡眠時ブラキシズムに起因する筋痛の特徴は、起床時に痛みのレベルが高く、時間の経過とともに痛みが消失していくという経時パターンを取ります。睡眠時ブラキシズムが日中にも持続的に観察される慢性筋痛の原因となることはありません。また、顎関節については咀嚼筋活動の作用、つまり下顎の挙上により顎関節内の圧力が亢進し、顎関節痛が生じたり、関節円板前方転位の原因となります。文献的にも睡眠時ブラキシズムと顎関節のクリックとの関連性が報告されています。特に起床時に一時的に観察される間欠性ロック(非復位性関節円板転位)は、しばしば睡眠時ブラキシズムと関連しています。

⑤歯が失われてもブラキシズムは続く

 歯が欠損して咬合接触歯数が減少すると睡眠時ブラキシズムの力は小さくなると信じられていた時代もありますが、睡眠時ブラキシズムは睡眠状態の変化(マイクロアローザル)に伴って生じるため、その発生が咬合接触の影響を受けることはありません。つまり、歯が少なくなっても睡眠時ブラキシズムは持続します。無歯顎患者さんにおいても、睡眠時ブラキシズムのような睡眠中の咀嚼筋活動が起こることが報告されています。臨床的にも多数の歯を失ったあとでも睡眠時ブラキシズムが行われ、その力が残存歯へと集中し、過度な咬耗や動揺度の増大をきたしている患者さんに遭遇することはまれではありません。また、咬合接触がなくても残存歯が対顎の欠損部顎堤に食い込んで、発赤や潰瘍を生じる症例もあります。

⑥睡眠同伴者に対する影響

 睡眠時ブラキシズムに伴う「キリキリ」「クチャクチャ」といった歯ぎしり音は、睡眠同伴者(両親、配偶者、兄弟、寮の同室者など、同じ部屋で睡眠している方)にとって心地よいものではありません。いびきも同様ですが、音の不快さはいわゆる“歯ぎしり”のほうがより重篤です。睡眠中の現象ですので、本人が直接こうした不快な音を聞くことはありませんが、しばしば睡眠同伴者の睡眠の質を低下させたり、睡眠を妨げる結果となります。また、歯ぎしりし音を他者に指摘されると、きまりが悪かったり困惑するものです。